新規事業の市場調査は、市場規模の数字を集めて企画書を厚くするための作業ではありません。「この顧客は本当に困っているのか」「今の解決方法を変える理由があるか」「事業として届く範囲に十分な顧客がいるか」を確かめ、次の一手を決めるために行います。公開情報、顧客インタビュー、LPや営業による行動検証は、それぞれ分かることが違います。一つの方法だけで結論を出さず、弱い証拠から強い証拠へ順番に進めることが大切です。
新規事業の市場調査で決めること
市場調査を始める前に、調査後の判断を決めます。「市場について詳しくなる」だけでは、情報を集めるほど追加で知りたいことが増え、終わりが見えません。たとえば、次のように判断と結び付けます。
- 最初に狙う顧客を、A業界とB業界のどちらにするか
- 顧客が強く困る業務を、三つの候補から一つに絞るか
- 既存の代替手段より選ばれる理由を作れるか
- 検証用LPを出すか、先に追加インタビューを行うか
- MVPへ投資するか、提供方法を変えるか
調査の目的が違えば、必要な情報も変わります。市場参入の可否を決めたいのに、顧客が困る場面を聞かず、業界全体の売上規模だけを集めても判断できません。逆に、LPの表現を改善したい段階で、国全体の産業構造を調べ直す必要はないでしょう。
市場調査は3つの層で考える
新規事業の調査は、大きく「公開情報を調べる」「顧客と話す」「顧客の行動を見る」の3層に分けられます。前者は広く早く把握でき、後者へ進むほど個別性が高くなります。どれか一つで十分ということではなく、組み合わせることで判断の偏りを減らします。
- 公開情報市場構造、規模、制度、競合、変化を広くつかむ
- 顧客の声問題が起きる場面、現在の対処、購入条件を深く知る
- 顧客の行動検索、問い合わせ、商談、試用など実際の反応を見る
調査前に仮説を分解する
「このサービスは売れるか」という問いは大きすぎます。売れなかったときに、顧客、課題、価格、届け方のどこが違ったのか分からないからです。少なくとも次の仮説に分けます。
| 仮説 | 確認したいこと | 主な方法 |
|---|---|---|
| 顧客仮説 | 誰が最も強く困っているか | セグメント比較、インタビュー |
| 課題仮説 | いつ何が起き、今どう対処しているか | 業務観察、過去行動の聞き取り |
| 価値仮説 | どんな変化なら乗り換える理由になるか | 提案比較、LP、商談 |
| 収益仮説 | 誰が何に対して支払い、予算はどこから出るか | 価格提示、見積もり、試験販売 |
| 到達仮説 | その顧客へ継続的に接触できるか | 個別営業、検索広告、紹介経路の検証 |
| 実現仮説 | 必要な品質・運用・原価で提供できるか | 試作、手作業提供、技術検証 |
表を埋めるときは、事実と推測を分けます。「既存顧客3社から同じ相談を受けた」は事実ですが、「業界全体が困っている」は推測です。「競合が少ない」は事実として確認できても、「参入余地がある」とは限りません。需要が小さい、顧客が人手で十分だと考えている、制度上導入しにくいといった別の説明も残します。
デスクリサーチで市場の地図を作る
デスクリサーチは、Web、統計、報告書、企業情報など、すでに公開されている情報を調べる方法です。費用を抑えて広い範囲を確認できるため、最初の仮説づくりに向いています。ただし、調査時点、定義、対象範囲が違う数字を混ぜないよう注意が必要です。
公的統計と業界資料を確認する
企業数、従業者数、売上、地域差などを確認するときは、出典をたどれる資料を優先します。日本の政府統計は政府統計の総合窓口 e-Statで横断的に探せます。地域別の産業構造や人口動態を見たい場合は、地域経済分析システム RESASも選択肢になります。
統計を引用するときは、調査名、調査年、対象、単位を記録します。「事業所」と「企業」、「売上」と「市場規模」を同じものとして扱わないようにします。古い統計しかない場合は、古いことを明記したうえで、直近の業界動向や企業開示情報を補助的に確認します。
競合ではなく「現在の解決方法」を調べる
同じカテゴリのサービスだけが競合ではありません。顧客が表計算で管理する、担当者を増やす、外注する、何もしないといった選択肢も競合です。顧客は新サービス同士を比較する前に、「今のままでよいか」と比較します。
競合調査では、機能一覧を写すだけでなく、次を確認します。
- 誰向けのサービスだと明記しているか
- 顧客のどんな状況を入口にしているか
- 価格と契約期間はどうなっているか
- 導入前後に顧客が行う作業は何か
- 販売方法は問い合わせ、無料試用、セルフ購入のどれか
- 導入事例では誰が何を評価しているか
- レビューや求人から、運用上の強みと負担が見えるか
情報が見つからない場合に、推測で埋めないことも大切です。「不明」と残し、顧客インタビューで比較対象を聞きます。
市場規模は上からと下から計算する
市場規模は、業界全体の数字へ比率を掛けるトップダウンだけではなく、実際に販売できる顧客数と単価を積み上げるボトムアップでも考えます。
たとえば「対象企業数×想定年間単価」で機械的に計算しても、その全社へ営業できるとは限りません。課題が発生している割合、決裁権を持つ人へ届く方法、導入できない条件、営業に必要な期間を加え、最初の数年で現実的に接触できる範囲へ落とします。
- TAM理論上、課題を持ち得る市場全体
- SAM地域、業種、提供方法などを考慮した対象市場
- SOM現在の営業力と供給力で、当面到達可能な市場
顧客インタビューで「困る場面」を知る
インタビューの目的は、自分たちの案を褒めてもらうことではありません。顧客が実際に経験した出来事を聞き、課題の強さ、頻度、現在の対処、意思決定の構造を理解することです。
誰に聞くかを先に設計する
想定顧客を一つのまとまりとして扱わず、立場を分けます。BtoBなら、実際に使う人、部門責任者、予算を承認する人、導入を審査する人で関心が違います。利用者は作業時間を減らしたくても、決裁者は投資回収やリスクを重視し、情報システム部門はセキュリティを確認するかもしれません。
既存顧客だけに聞くと、自社への信頼が回答へ影響します。可能であれば、既存顧客、関係のない顧客候補、過去に提案を断った相手を含めます。件数を先に絶対条件へせず、異なる条件の人から同じ問題が出るか、新しい論点が減ってきたかを見ます。
聞きたい質問
- その問題が最後に起きたのはいつですか。
- そのとき、誰が何をしましたか。
- 放置すると、どんな影響がありますか。
- これまでに何を試し、なぜ続かなかったのですか。
- 現在は時間や費用をどのように使っていますか。
- 新しい方法を導入するなら、誰の承認が必要ですか。
- 比較するとしたら、どの方法や会社と比べますか。
サービス案を見せるのは、現在の行動を十分に聞いた後にします。「使いたいですか」だけで終わらず、良いと感じた点、不要な点、不安、利用開始までの障害、次に取り得る行動を聞きます。
発言をまとめるときの注意
印象的な一言だけを抜き出さず、誰が、どの状況で話したかを残します。似た発言をまとめるときも、反対意見や例外を消さないようにします。「多くの人が困っていた」と書く代わりに、対象者の属性と、どのような場面が繰り返し出たかを記録します。
| 記録する項目 | 内容 |
|---|---|
| 属性 | 業種、役割、利用場面など判断に必要な範囲 |
| 出来事 | 問題が起きた具体的な状況と頻度 |
| 現在の対処 | 人、道具、外注、放置など実際の方法 |
| 影響 | 時間、費用、品質、顧客、心理的負担 |
| 導入条件 | 予算、決裁、セキュリティ、切り替え負担 |
| 反証 | 仮説と合わなかった発言や行動 |
LP・営業・広告で行動を確かめる
インタビューで課題が見えても、提案に反応し、購入へ進むとは限りません。次は、実際の選択肢として市場へ提示します。方法は事業によって異なり、検証用LP、資料請求、相談予約、デモ、先行登録、個別営業、試験販売などがあります。
検証用LPで確かめられること
LPでは、対象顧客、課題の表現、約束する変化、提供方法、価格の見せ方などへの反応を確認できます。複数案を比較するときは、何を変えたかが分かるようにします。同時に多くの要素を変えると、反応差の理由が読み取れません。
まだ提供できないサービスを、すでに購入できるように見せることは避けます。開発前なら「先行案内」「ヒアリング募集」「提供開始時に連絡」など、現在の状態を正しく伝えます。個人情報を取得する場合は、利用目的と管理方法も明記します。
届け方も仮説として扱う
検索広告で反応がないからといって、課題そのものがないとは限りません。顧客がその言葉で検索しない、検索以外で情報を集める、広告では信頼されにくい可能性があります。BtoBでは個別営業や紹介、業界団体、展示会が向くこともあります。提案仮説と到達仮説を分けて結果を解釈します。
見る数字を行動の順番でつなぐ
広告表示、クリック、LP閲覧、主要ボタン、フォーム到達、問い合わせ、商談、試用、見積もり、契約をつなげます。最初からすべての数字を十分に集められるとは限りませんが、途中で大きく減る場所を見れば、次に確認する仮説を決められます。
- 公開情報から市場がありそうだと分かった
- 顧客が同じ問題を経験したと話した
- 提案を詳しく知るために連絡先を登録した
- 時間を使って商談・デモ・試用へ進んだ
- 見積もり、発注、支払いなどの行動を取った
調査結果を次の判断へ変える
調査報告を「市場は有望」「ニーズがある」で終わらせず、仮説ごとに結果を整理します。肯定する証拠だけでなく、否定する証拠と不足している証拠も並べます。
| 結果 | 読み方 | 次の選択肢 |
|---|---|---|
| 課題も行動も確認できた | 現時点の顧客・価値仮説に手応えがある | 価格検証、MVP、販売体制へ進む |
| 課題はあるが反応が弱い | 緊急度、表現、提案、信頼、到達方法のどこかに課題 | 原因を一つに絞って再検証する |
| 一部の顧客だけ強く反応した | 市場全体ではなく、特定条件に機会がある可能性 | 対象を狭め、共通条件を深掘りする |
| 話は好意的だが次へ進まない | 困りごとの強さ、購入条件、提案方法が不足 | 実際の予算・決裁・代替手段を聞く |
| 必要な顧客へ届かなかった | 需要ではなく到達方法を検証できていない | 別チャネルまたは直接接触を試す |
| 重要な前提が崩れた | 今の案を続ける根拠が弱い | 顧客・課題・提供方法を変えるか止める |
経済産業省の新製品・新サービス創出に関する調査は、顧客ニーズの解消を目的とし、技術の磨き上げを手段として捉える必要性を示しています。また、最初からプロダクトを作り込むと、ユーザーからフィードバックを得る期間や回数が限られる課題も整理されています。市場調査から開発へ進む際に確認したい論点です。出典は経済産業省「令和5年度地域・企業共生型ビジネス導入・創業促進事業」調査報告書です。
市場調査で起きやすい失敗
大きな市場規模を参入理由にする
市場全体が大きくても、自社が接触できる顧客が少ない、既存企業の信頼が強い、導入まで長い場合があります。業界全体の数字と、当面獲得できる顧客を分けて考えます。
賛成意見だけを集める
自社の案に合う発言だけを残すと、調査が説得資料へ変わります。反対意見、導入しない理由、例外的な条件を記録し、仮説を変える基準を事前に持ちます。
アンケートだけで購入意向を判断する
アンケートは傾向を広く見るには便利ですが、回答と実際の購入行動は同じではありません。回答後に相談、デモ、試用などの行動へ進むかを確認します。
調査の終わりを決めない
不確実性を完全になくすことはできません。決めること、必要な証拠、期限を置き、期限時点で続行、変更、追加調査、中止を判断します。追加調査を選ぶ場合も、何が分かれば終えるのかを決めます。
調査を外注して報告書だけ受け取る
外部へ依頼する場合も、インタビュー記録、調査条件、元データ、判断の理由を社内へ残します。結論だけを受け取ると、開発や営業の担当者が顧客像を理解できず、次工程で同じ調査をやり直すことになります。
市場調査を始める前のチェックリスト
- 調査後に決めることを一文で書いた
- 顧客、課題、価値、収益、到達、実現の仮説を分けた
- 仮説と事実を別の欄に記録した
- 統計の調査年、対象、単位、出典を残した
- 同種サービス以外の代替手段も調べた
- 利用者、決裁者、導入関係者の違いを考えた
- 誘導せず、過去の具体的な行動を聞く質問を作った
- 好意的な発言の後に、次の行動を確認する設計をした
- LPや広告で何を変え、何を固定するかを決めた
- 続ける・変える・止める判断日を置いた
新規事業の市場調査についてよくある質問
市場調査にはどのくらいの期間が必要ですか
調査対象と判断内容によります。公開情報の整理だけなら短期間で進められますが、BtoBの決裁者へインタビューする場合は日程調整に時間がかかります。期間を先に固定するより、最初の判断に最低限必要な情報を決め、期限時点で不足を評価します。
何人にインタビューすれば十分ですか
一律の正解はありません。対象顧客が均質か、利用者と決裁者が分かれているかによって必要な幅が変わります。単純な人数より、条件の異なる相手を含めたか、同じ課題が繰り返し出たか、反対意見を確認したかを見ます。
競合が見つからない市場は有望ですか
競合不在だけでは判断できません。顧客が別の方法で十分に対処している、支払いに至るほど困っていない、制度や販売コストが参入障壁になっている可能性があります。「顧客は今どうしているか」を確認してください。
調査後、すぐシステムを作るべきですか
実際の利用でなければ確認できない問いがあり、その問いに答える最小範囲が明確なら、MVP開発を検討します。LP、個別提案、手作業提供でまだ確認できることがあるなら、先にそちらを試す方が修正しやすい場合があります。
市場調査の成果は、次の行動が決まること
良い市場調査は、情報量の多い報告書ではなく、次の判断を変えます。公開情報で市場の地図を作り、顧客の会話で課題を具体化し、LPや営業を通じて実際の行動を確かめる。この往復によって、作るべきものと、まだ作らなくてよいものが見えてきます。
AINAVIでは、市場と顧客の仮説整理から、検証用LP、広告運用、分析、必要に応じたシステム開発までを同じ流れで扱います。詳細はAINAVIの新規事業支援をご覧ください。支援全体の選び方は新規事業支援とは、12週間の進行例は新規事業の最初の3ヶ月でやることで解説しています。
